フィル・ナイト

自身のランナー経験からスポーツブランドを立ち上げる

フィル・ナイトは、日本でも多くのユーザーがいるスポーツブランドである「NIKE」の創業者です。
1993年にはアメリカのスポーツ誌「スポーティング・ニュース」にスポーツ界で最も権威ある人物として選ばれています。

選手や監督など以外でこの賞を得るケースは極めてまれであることから、NIKEがスポーツ界にいかに大きな影響力を持っているかがわかります。

フィル・ナイトは1938年にアメリカ合衆国に生まれ、子供の頃から陸上選手として多くの大会に出場をしてきました。

オレゴン大学時代には陸上競技のトップ選手として将来を嘱望される存在であったのですが、その選手時代に出会ったコーチであるビル・バウワーマンから大きな影響を受けます。

ビル・バウワーマンは非常に優秀なスポーツトレーナーであると同時に、競技に使用する器具にも強いこだわりを持つ人物でした。

中でも陸上用のシューズ開発には高い技能を持っており、走りをシューズ開発という点から考えるという視点をこのとき学んだとのちにフィル・ナイトは振り返っています。

オレゴン大学では経営学を専攻し、さらにスタンフォード大学のビジネススクールでMBAを取得します。
このときの修士論文にも競技用シューズの大量生産をテーマにしており、卒業後には論文の内容を自らビジネスとして実行していきます。

当時は陸上用シューズはアディダスやプーマといったドイツメーカーがシェアのほとんどを獲得しており、NIKEは後発企業として参入を目指す立場にありました。

なお最初にシューズの発注を行ったのは日本のメーカー「オニツカタイガー(現在のアシックス)」だったということも非常に興味深い点です。

かつてのコーチと二人三脚で事業を開始

フィル・ナイトは1964年に日本から再びアメリカ合衆国に帰国をし、かつてのコーチであったビル・バウワーマンとともに事業を立ち上げます。

最初は同額の出資により「ブルーリボンスポーツ」という会社名で、陸上競技場や大会とコツコツ周りそこで展示販売をするという方法をとっていました。

しかし無名のシューズはなかなか売れず、しばらくは別の仕事をしながらなんとか糊口をしのぎます。
1971年からはギリシアの勝利の女神「NIKE(ニケ)」から名前をとった「NIKE(ナイキ)」にし、さらにシューズの開発を進めました。

転機となったのは1972年で、この年「NIKE」のロゴを35ドルでデザイナーに作成してもらい、さらに中距離選手スティーブ・プリフォンテーンがNIKEのシューズを使ってオリンピックで大活躍をしました。
そこから一気に世界的ブランドとして成長していきます。