スティーブ・ウォズニアック

Appleを作ったもう一人の天才

スティーブ・ウォズニアックは、Apple社をスティーブ・ジョブズとともに作ったもう一人の天才です。
Apple社というとやはりスティーブ・ジョブズという印象が強いですが、Apple社の確かな製品性能の基礎を作ったのはこのスティーブ・ウォズニアックあってのことです。

スティーブ・ジョブズはマーケティングとプレゼンに天才的な能力を持つ人であったためフロントマンとして多くの場所で活躍をしてきましたが、スティーブ・ウォズニアックはいわば裏方の仕事をする専門のエンジニアでした。

愛称を「ウォズ」と呼ばれジョブズとともにパーソナルコンピューターの黎明期で優れた製品開発に関わっており、最初のヒット商品「AppleⅡ」をほぼ独力で作りました。

早くして亡くなったスティーブ・ジョブズと異なり、スティーブ・ウォズニアックは2017年の時点で66歳とまだまだ元気に多くの場所で活躍をしています。

優れた実績はアメリカ合衆国から高い評価を得ており、アメリカ国家技術賞とグレース・ホッパー賞(35歳以下のコンピュータ専門家から選ばれる賞)を過去に受賞しています。

子供の時からエンジニアリングに優れた才能を発揮

スティーブ・ウォズニアックという名前はアメリカ人ではちょっと珍しいですが、これは両親の家系がともにポーランド系であったことに由来しています。

ただし生まれはカリフォルニア州サンノゼなので、家系的にはポーランドでも国籍的には純粋なアメリカ人です。

6歳のときにアマチュア無線の免許を取得し、自作で無線機を組み立てたとされています。
13歳のときにはトランジスタで作成したコンピュータで科学コンクールで優勝をしています。

スティーブ・ジョブズと出会ったのは1971年の21歳の時で、ヒューレット・パッカードのインターンシップに参加したことをきっかけにすっかり意気投合したといいます。

その頃からスティーブ・ウォズニアックが作った機械をジョブスが売るということを行っていたそうで、学生ながらかなりの売上を上げていました。

のちに二人は地元カリフォルニア州でコンピュータショップに製品を卸す仕事をし、そこからApple社を設立することを決意します。

商売上手なジョブズに対して根っからのエンジニアであったウォズはあまり金銭的な執着心はなく、学生時代の商売ではジョブズがかなり分前を不公平にとっていたともされています。

いわゆる「技術オタク(ギーク)」と言われる人ですが、「世界一陽気なギーク」と呼ばれることもあるほど自分の好きなことを楽しんでいることが感じられ、60歳を過ぎた今も好奇心に輝く瞳を見せてくれています。